徳里 政恒(果物)
徳里 政恒
うるま市石川
| 農家歴 | 30年 |
| 栽培面積 | 約3000坪 |
| 栽培品種 | あまSUN、タンカン、レモン等 |
明日、また”あまSUN”に会える。それが楽しみだね。
早朝の暗い時刻に出かけ、夕方の遅い時間に帰る毎日。
徳里さんは、みかんにこだわり続けて雨の日も風の日も30年も農園に通い続けた。
そのエネルギーは、と聞いたら即座に
「息子たちが、この仕事で生活できるようになってほしい」と答えてくれた。
今回は、家族のために頑張り続ける、笑顔が素敵なほのぼの達人を紹介。
10年間”あまSUN”で頑張ってきた。これからもっと楽しみさあ。
朝夕、冷たい風が吹き始めた立冬も過ぎた頃。
それでも柔らかい陽射しが心地よい11月初旬。
石川と仲泊を結ぶ県道73号線を途中から石川岳に向かうように北側の農道に入る。
うるま市石川の西山原の農園地帯に、みかんづくりに精を出す、ほのぼの達人がいた。
徳里政恒(せいこう)さん(68歳)。
みるからに温和な人柄がにじみ出る人である。
インタビューを始めましょうと切り出すと、そこいらから取材スタッフの椅子を捜しまわる。
ごちそうになったコーヒーの空き缶を持っていったら、すかさず塵箱まで捨ててくれる。
セイコウという名前の漢字を教えて下さいというと、赤々と色づく国頭マージの上に指で漢字を書き始めた。
心のそこから温かい人である。
そんな徳里さんの農業に向ける迫力は尋常ではない。
農業を始めて30年。
あまSUNに取り組んでからは、10年になる。
あまSUNは、品種を「天草」と言い、その深い甘味で人気を博している柑橘ブランド名。
徳里さんの農園は2200坪、タンカン、レモンなどで700坪、全面積合わせて3000坪近くになる。
最近は、あまSUNで年8トンほどの収穫を確実にあげている。
ちなみに、あまSUNと言えば、中部と北部の生産量が、それぞれ30トンほどで、沖縄のあまSUN生産量は約60トン。
そのうち徳里さんの農園が実に13%を生産していることになる。
県内のあまSUN生産農家が77戸ほどというから、徳里さんの実績は注目に値する。
あまSUNは12月が収穫期。
この時期が家族総出の繁忙期となるが、徳里さんが一番幸せを感じる時でもある。
そしてこの幸せを息子たちに伝えるのが、自分の仕事であり夢だという。
「自分が引退しても、将来、息子たちが”あまSUN”で安定収入を得ることが希望。
これまでは、このみかんを始めて基礎づくりの10年だったが、最近少しずつ安定してきた。
これからはもっと楽しみだよ」
農園の仕事を手伝ってくれているのは、次男政和さんと三男政信さん。
徳里さんは、いつも息子たちの未来が開けていくことを夢見て仕事に精を出してきた。
「趣味はとくにないさあ。
お酒も付き合い程度でね。
飲み過ぎて、農園に1日でも行けなくなったら大変さあ。」
実に真面目で、子ども思いの父親である。
最近は持病の腰痛も気になるが、毎日の作業を休むことはめったにない。
徳里さんの農園に足を運んでまず驚くのは、平張り網掛ハウスを取り巻く8mから10mもある迫力で立ち並ぶ樹木たち。
チャーギ、ソウシジュなどが農園に緑のフェンスを張り巡らしたように彩りを添える。
「あまSUNづくりで1番気を遣うのは、台風。
ここは石川でも高台になっているからね。
その暴風を避けるために、以前の畑にあった樹木たちを防風林として移植したんだよ」
徳里さんのあまSUNづくりに賭ける熱意は樹木の大移植もこなすほど。
なるほど半端じゃなかった。
他にもみかんづくりの苦労は山ほどある。
防風林にしても、みかんに採光は欠かせないから、剪定も定期的な大作業。
糖度を高めるために、農園にはタイベックマルチという陽光を反射させる白いシートを敷き光を受けるようにする。
吊り棚を利用した果実の吊り上げも採光の工夫で、甘味と着色を出すものだが、土から発生する雑菌から距離を保つ目的もある。
またダニなどの害虫駆除にも気を遣う。
奥さんの細かい気配りもあり、土づくりには特に力を入れ、肥培管理は手を抜かない。
「あまSUNづくりは、人一倍苦労は多いよ。
でも、このみかんは、とても甘いさあ。
孫たちもみんなとりこだよ。」
徳里さんが優しい笑顔でうなずき、あまSUNに懸けるひたむきな想いを語った。
●名前の由来
あまSUNは、もともと(清見×興津早生)にページという品種を懸けた「天草」というみかんです。
沖縄ブランドの「あまSUN」は、甘いの沖縄方言の「あまさん」と太陽の「SUN」、それに天草の「あま」をかけあわせて名づけられました。
●甘くて食べやすい
あまSUNの特徴はなんといってもその甘さ。
酸味はほとんどなく、糖度は12度くらいで濃厚な甘さがあります。
また皮が2~3mmしかなく、食べやすいのも特徴です。

